知人のお母さんとの再会で気づいたこと
先日、知人のお母さんに久しぶりに会いました。
以前とは違い、元気がありませんでした。
理由を聞くと、がんが見つかり、
お医者さんから「あと半年」と告げられたそうです。
このお母さんは、とても素直な性格で、
お医者さんの言葉をまっすぐに受け止める方でした。
だからこそ、「半年」という言葉が、
そのまま重くのしかかってしまったのだと思います。
「余命半年」という言葉の重さ
日に日に弱っていく身体。
そこに追い打ちをかけるような数字。
僕はこの出来事を通して、
「余命宣告は、本当に本人のためになっているのだろうか」
と考えるようになりました。
もちろん、お医者さんに悪気はありません。
ただ、伝え方ひとつで、その後の心の状態は大きく変わってしまいます。
夜も不安で眠れなくなれば、体力はさらに消耗してしまいます。

もし自分が同じ立場だったら
もし僕が同じように余命を告げられたら、こう言い返すと思います。
「これは僕の人生だし、僕の命だ。
あなたが決めた半年という数字は関係ない。僕は僕のやり方で生きる」
これは、もともと僕自身が、医療をすべて鵜呑みにする
タイプではないことも関係していると思います。
ただ、命の決定権を、まるごと誰かに預けてしまうのは、
少しもったいない気がするのです。
心の向け方が見える景色を変える
人は、信じているものしか見えないと言われます。
たとえば朝起きて「今日は赤色を意識しよう」と決めると、
不思議と赤い車や赤い食べ物が目に入ってくるようになります。
これは、心の向け方が、見える現実そのものを変えているということです。
弱気になれば、不安な情報ばかりが目につき、
ますますマイナスな方向へ引っ張られてしまいます。
逆に、「自分はまだできる」と思えれば、
希望につながる情報が自然と集まってくるはずです。

医療に必要なのは「正しさ」より「優しさ」
医学部では「がん=死」と教えられることがある、
と聞いたことがあります。統計や事実を伝えることは大切です。
ただ、それと同じくらい、伝え方への配慮も必要だと思うのです。
正直に話すことと、相手を思いやることは、
両立できるはずです。その人に合った言葉のかけ方、
これこそが「愛」であり「優しさ」ではないでしょうか。
名前ひとつにしても、希望を感じられる呼び方に変えるだけで、
受け取り方は変わります。
命は自分で決めていい
結局のところ、命は自分のものです。
数字にどう向き合うかも、
これからどう生きるかも、自分で決めていい。
それが、強気に生きていくためのコツなのだと思います。
もちろん、人にはそれぞれの性格や状況があるので、
「これが正解」と一概には言えません。
それでも、弱気にならず、自分の心を自分の手で握りしめること。
これだけは、誰にでもできることなのではないでしょうか。


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