きっかけは、倫理法人会での一言だった
今から二年前のことです。僕は倫理法人会の朝の講話で、
ある方のお話を聞きました。
「家系図を作ったら、人生の流れがよくなった」というお話でした。
正直、最初は「そういうこともあるのかな」
くらいの軽い気持ちで聞いていました。
ところが、その二週間後、別の講話会でも、
同じように家系図の話を聞いたのです。二週続けて、です。
これはただの偶然ではない。
そう感じた僕は、自分でも簡単な家系図を作ってみることにしました。

毎朝、45名の名前を声に出して読む
それ以来、僕は毎朝、その家系図を見ながら、
声に出して45名のご先祖様の名前を読み上げています。
両親の代からさかのぼった、数世代分の名前です。
「氏名」は「使命」だと、僕は思っています。
名前を呼ばれて、嫌な気持ちになる人はいません。
誰でも、自分の名前を呼ばれると、どこかで喜ぶものです。
ご先祖様も、きっと同じではないか。
そう思い、名前を読み上げることをやってみることに決めました。
紙に書かれた名前を、一人ひとり、声に出して読む。
たったそれだけの時間ですが、
この時間から、僕の一日が始まります。
ご先祖様一人ひとりの先に、今の自分がいる。
そう思うと、名前を読むという行為そのものが、感謝の言葉になっていきます。

ゴミを拾いながら、ふっと浮かんだこと
今日もいつものように、歩きながらゴミを拾っていました。
すると、ふっと、あるイメージが頭に浮かんできたのです。
「うちには、父方と母方、両方の戸籍謄本がある。
兄弟まで入れたら、四百名以上のご先祖様の名前が、そこに眠っているんだ」
そして、次の瞬間、こう思いました。
「明日から、毎月一日と十五日は、その四百名の名前を読み上げよう」
もう一つの閃き、どぶ川の掃除
それだけではありません。
同じ瞬間に、もう一つのイメージが浮かびました。
「毎月五日と二十五日は、どぶ川の掃除をしよう」
なぜこの日にちなのか、正直、理由はうまく説明できません。
ただ、浮かんできた。それだけです。
でも僕は、経験から知っています。
こういう閃きのようなものを「やる」と決めた瞬間、何かが動き始めるということを。

プチ天中殺という時期だからこそ
実は今、僕には八月五日から十月中旬まで、
プチ天中殺という期間が入っています。
天中殺というのは、算命学における、
運気の流れが一時的に静かになる時期のことです。
だからこそ、僕はこう思ったのです。
「これは、何かやった方がいい」
静かな時期だからこそ、内側に目を向け、
ご先祖様に手を合わせ、足元の川を掃除する。
そういう地道な行動が、この時期には合っている。そんな気がしました。
怪しいと思いますか?大丈夫です
ここまで読んで、「怪しいな」と感じた方もいるかもしれません。
でも大丈夫です。誰にでも、こういう直感的なものは訪れます。
ただ、ほとんどの人は、それを動かさないだけなのです。
僕は違います。動かないと、なぜか心がモヤモヤするんです。
何かすっきりしない。胸のどこかに、
小さな引っかかりが残り続ける。だから僕は、やります。

閃いたら、動く
あの倫理法人会での二週連続の講話がなければ、
僕は家系図を作っていなかったかもしれません。
閃きというのは、頭で考えて出てくるものではなく、
ふとした瞬間、静かに降りてくるものです。
それを信じるかどうかは、自分次第です。
僕は、これからも、閃いたことは動いていきます。
理由がうまく説明できなくても、それでいいのです。
動いた先に、きっと何かが見えてくる。
そう信じています。
読んでくださって、ありがとうございました。
あなたにも、ふと浮かんでくる閃きがあったら、
ぜひ大切にしてみてください。


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