800gの小さな命との出会い
今から33年前の夏、僕が小学5年生だったあの日、
叔父が生まれたばかりの、たった800gしかないポメラニアンを連れてきてくれました。
手のひらに乗るくらい小さかったその子に、
僕たちは「ポポ」と名付けました。

まだ何も分からない小さな命でしたが、
その日から僕たち家族の毎日は、ポポを中心に回り始めました。
母を癒してくれた、玄関の番人
ポポはいつも、母が仕事から帰ってくる時間になると、
玄関の前にちょこんと座って待っていました。
どんなに疲れて帰ってきても、母はポポの顔を見ると自然と笑顔になり、
「ポポがいると疲れを忘れるよ、ありがとう」といつも声をかけていました。
家族のために働く母にとって、
ポポの存在は言葉では言い表せないほど
大きな支えだったと思います。

てんかんという試練、それでも守りたかった命
ポポには、嬉しいとクルクルと回る可愛い癖がありました。
ある日、その勢いで机の角に頭をぶつけてしまい、たんこぶができました。
しばらくは何事もなかったのですが、
脳を強く打った影響で、ポポはてんかんを患ってしまいました。
それから月に2〜3回、ポポは倒れて白目をむくようになりました。
舌を噛んでしまわないように、タオルを口に入れる必要があったのですが、
近くにタオルがない時は、自分の手をポポの口の中に入れて守りました。
痛くても構わない、それよりもポポを守りたい一心でした。
泣きじゃくる僕の隣に、いつもポポがいた
中学2年生の頃、僕は体を悪くして1年半も運動ができない時期がありました。
その間、陸上部のマネージャーを務めていたのですが、
正直なところ嫌々で、めんどうくさいという気持ちもありました。
周りのみんなが気持ちよく走る姿を見るたびに、
自分だけ走れないもどかしさと悔しさが募っていきました。
そしてある日、その感情が抑えきれなくなり、
大きな声を出して部活を飛び出し、そのまま家に帰ってしまいました。
大泣きしながら家に帰ると、優しい瞳で僕を迎えてくれたのがポポでした。
何も言わず、ただ隣にそっといてくれる。
それだけで、荒れていた心がふっと軽くなったのを覚えています。
「お前は俺の味方だよな」と、
ポポに向かってつぶやいた記憶は、今でも鮮明に残っています。

16年間の生涯、そして旅立ちの日
そんなポポも、7月のある暑い夏の日に倒れました。
母が「ポポ!」と大きな声で叫び、
僕はすぐに階段を駆け下りました。
暑さのせいか、何も食べられず、大好きな牛乳さえ飲めない状態のポポ。
そしてその日の朝方、ポポは静かに旅立っていきました。
当時、僕は会社員として働いていましたが、
仕事を休み、動物専用の火葬場へポポを連れて行きました。
涙が止まらず、気持ち悪くなるほど泣いたのを覚えています。
16年間もそばにいてくれたポポは、僕にとって家族そのものでした。
33年経った今、ポポが教えてくれること
あれから月日が流れ、ポポはもうそばにいません。
それでも、ふとした瞬間に、あの温かさを感じることがあります。
ポポがいてくれたから、僕たち家族は明るくなれました。
忘れかけていた「感謝」の本当の意味を、
今、ポポがもう一度教えてくれている気がします。
いつかまた会えたら、一緒に走り回りたい。
そんな想いを胸に抱きながら、僕は今日もここで生きています。



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