AIが完璧を量産する時代に、人間の「不完全さ」が価値になる理由

エッセイ・気づき

AIが「完璧」を当たり前にする時代がきた

最近、AIの進化のスピードに驚かされることが増えました。

動画も、作曲も、ホームページ制作も、あっという間に、

しかも完成度の高いものが仕上がってしまいます。

誰でも簡単に、クリエイターになれる時代。

便利さという意味では、間違いなく素晴らしいことです。

でも僕は、ふとこんな疑問が浮かびました。

「みんなが同じように完璧なものを作れるようになったとき、

その完璧さに、いったいどれだけの価値が残るのだろう」と。

逆に「不完全なもの」って何だろう

そこで考えてみたのが、逆の視点です。

AIが「完璧」を担当してくれるなら、

人間が担当するのは「不完全」の部分なのではないか、と。

そもそも人間は、生まれながらにして不完全な生き物です。

上手くいかないこと、時間がかかること、失敗すること。

それは弱点ではなく、実は「人間にしかできないこと」なのかもしれません。

例えば、やったことのないバイオリンに挑戦して、

下手くそなまま一生懸命練習している動画。

技術的には未熟でも、その一生懸命さや成長の過程に、

人はなぜか惹きつけられます。

1613日間、ゴミ拾いを続けてわかったこと

もうひとつ、僕自身の体験からお話ししたいことがあります。

僕は2022年3月23日から、毎日欠かさずゴミ拾いを続けています。

今日で1613日間連続です。

始めた頃、どぶ川は本当に汚れていました。

マスク、たばこの吸い殻、空き缶……ゴミ袋を2つ用意しても、

とても入りきらないほどの量でした。

それが今では、ゴミ袋の半分ほどに収まるようになっています。

ゴミの数そのものが、少しずつ、確実に減ってきているのです。

これは、決して器用にできたことではありません。

むしろ不器用なくらい、ただ毎日同じ場所に立って、

拾い続けてきただけです。

でも、その「コツコツと積み重ねること」こそが、

街を少しずつキレイに変えていく力になったのだと感じています。

一瞬で完璧に仕上げるAIには、

この「時間をかけて、少しずつ変化していく過程」は再現できません。

だからこそ、そこに人間らしい価値があるのだと、僕は思うのです。

不器用な人こそ、これから求められる

こう考えると、「自分には何もできない」「取柄がない」「不器用だ」と感じている人ほど、

実はこれからの時代に求められる存在なのではないかと思うのです。

完璧に仕上げること、失敗しないこと。

それはAIにお任せすればいい。

人間は、不完全なまま、一生懸命に、時間をかけて何かに取り組む姿を見せていく。

それこそが、AIには真似できない「人間らしさ」であり、

これからの価値になっていくのではないでしょうか。

失敗していい時代が、もう始まっている

今まで僕らは

「成功しなければいけない」「完璧にこなさなければいけない」「失敗してはいけない」

というプレッシャーの中で生きてきたように思います。

でも、その完璧さをAIが担ってくれるのなら、

人間はもう、そこにしがみつく必要はないのかもしれません。

不器用でいい。下手くそでいい。時間がかかっていい。

1613日間のゴミ拾いのように、

コツコツ積み重ねていく先に、確かな変化がある──そんな不完全さの中にこそ、

これからの面白い時代が待っている気がしています。

これはあくまで僕自身の考えであり、憶測にすぎません。

でも、AIが完璧になればなるほど、人間らしい不完全さが、

これからますます輝いていくのではないかと、僕は楽しみにしています。

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