今日は5月30日。「530=ゴミゼロの日」だ。
そして今日、ゴミ拾いを始めてから1530日連続という日になった。
ゴミゼロにちなんだ530の日に、1530日。
なんて運がいいんだろうと、朝から少し嬉しくなった。
小さなことかもしれないけれど、こういう偶然の一致が、続ける力をくれる。
始まりは2022年3月21日、春分の日だった
きっかけは、倫理法人会の100日実践だった。
「氏神様参りをする」と宣言した。
春分の日は3月21日。
「321」という語呂のよさも後押しして、やると決めた。
その氏神様へ向かう道中のことだ。
ごみが一つ落ちていた。
自宅の前はスーパーの事務所。
誰かが拾うだろう、と思って通り過ぎた。
でも次の日も落ちていた。
その次の日も、まだそこにあった。
「よし、わたしが拾う。」
それだけのことだった。
大きな決意でも、崇高な理念でもない。
ただ、目の前に落ちていたから拾った。
それが2022年3月23日のことで、今日でちょうど1530日になる。

雨の日も、台風の日も、熱が38.4℃でも続けた
靴下も履けない右足で、裸足で歩いた日
氏神参りとゴミ拾いはセットになった。
雨の日も続けた。
風の強い日も続けた。
台風の日も続けた。
そして今年1月下旬、菌が足に入った。
右足がパンパンに腫れ上がった。
熱は38.4℃。靴下すら履けない状態だった。
外は冬の寒さだ。
それでも、腫れた右足だけ裸足で歩いて、
氏神様に手を合わせ、ゴミを拾って帰った。
家に戻ったら、倒れるように寝た。
「バカじゃないか」と思いながら、やめなかった
正直に言う。バカじゃないか、と思った。
何の意味があるのか、とも思った。
笑いヨガもゴミ拾いもお金にならない。
病気で仕事を休んで収入はゼロ。
それでもゴミを拾いに行く57歳がここにいる。
しかし
「そんな人間が一人くらいいてもいいじゃないか」
そう開き直ったとき、少し楽になった。

損得抜きで動く人間が、一人くらいいてもいい
普通の感覚で考えれば、やらない方がいい。
お金にならない。
見返りもない。
損するだけだ。
でも自分のようなアホな人間はやり続けている。
正直、やめてもいいかと思ったことは何度もある。
でも体が動く。「やらんといかん」という感覚が消えない。
何か他の力が自分を動かしている
ような気がしてならないのだ。
天龍川を中心にゴミ拾いをしているから、龍が動いているのかも——
そんなスピリチュアルな感覚と勝手に結びつけている自分がいる。
笑ってくれていい。でも、これが正直な感覚だ。

毎日YouTube で配信しています
1530日間のゴミ拾いの記録を、毎日YouTubeで動画配信しています。
浜松・天龍川町周辺のゴミ拾いの様子、
氏神参りの記録、笑いヨガの活動——
そのすべてをありのままに映しています。
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続ける力になります。
まとめ|1530日間、続けてわかったこと
今日ゴミゼロの日に1530日を迎えて、改めて思うことをまとめます。
- 始まりは「目の前に落ちていたゴミを拾った」だけ
- 雨でも台風でも熱38.4℃でも、やめなかった
- お金にならなくても、見返りがなくても続けられることがある
- 損得ではなく「やらされている感覚」が人を動かすことがある
- 肉体も精神も借り物。あるものを使って今を生きる
1531日目も、明日の朝、ゴミを拾いに行きます。

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