SNSを開いたら、ゴミ拾いの写真や動画があふれていた。
エックス、フェースブック、スレッド——
見知らぬ誰かが、見知らぬ土地で、黙々とゴミを拾っている。
いいねを押してくれる人がいる。フォローしてくれる人がいる。
「ぼくは一人じゃない。こんな仲間がいるじゃないか。」
その瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
ゴミ拾いでつながった、世界中の仲間たち
ゴミ拾いには、言葉の壁がない。
国も年齢も関係ない。
ただ「拾う」という行動が共通点になる。
SNSでいいねを押し合い、
相互フォローし、コメントを交わす。
それだけで、見知らぬ誰かと確かにつながれる。
ゴミ拾いという共通の話題。
共通の空間。
そして、この地球がまだキレイになれると
信じている人たちが、世界中にいる。
この地球への希望を失っていない人たちが、こんなにいるんだ。
本当に素晴らしいと思う。
1530日続けてきて、そのことに改めて気づかされた。

AIの時代に、人間はどうやって生きていけばいいのか
完全にAIの時代に入った。
数字もわかる。
目標設定すれば叶えてくれる。
疲れたとは言わない。
給料上げろとも言わない。
人間の何倍ものスピードで、完璧な仕事をこなしてくれる。
本当に有難い存在だ。
昭和世代への、心からの感謝
俗に言う昭和世代が、この便利な世の中を作ってくれた。
自分の感情を押し殺して、
家族よりも仕事を優先して、神経も身体もすり減らして。
「食うためだ」「倒れるまでやれ」
そういう根性で走り続けてくれた人たちがいたから、今の便利な生活がある。
マジで感謝しかない。
でも同時に、その世代の人たちも気づき始めているはずだ。
「このままではまずい」と。時代が変わった。
これからは違う生き方が求められている。
では、人間にしかできないこととは何か
AIは仕事をこなしてくれる。
でもAIにできないことが、確かにある。
それは「人間臭さ」だ。
足で歩くこと。
土を踏むこと。
鳥の鳴き声を聞くこと。
植物の香りをかぐこと。
太陽の光を浴びること。
季節を感じること。
目の前のゴミに気づいて、手を伸ばして拾うこと。
そして、自分が立っているこの土地に感謝を向けること。
これは人間にしかできない

氏神様に手を合わせる。それだけでいい。
いま自分が立っているこの土地。
その土地があるから家があり、眠れて、生きていける。
その土地の神様に感謝する。
ぼくは氏神様まで歩いて5分だ。
だから毎日行ける。
でも遠い人は、週に1回でも、
月に1回でも、年に1回でもいい。
特別な準備も、難しい作法も要らない。
ただ手を合わせて「ありがとう」と言うだけでいい。
そして帰り道、ゴミが落ちていたら拾う。
たったこれだけのことが、AIにはできない。
人間にしかできない。
次世代のために、ゴミを出さない意識を持つ
ゴミを拾うだけでは足りない。
ゴミをいかに出さないか。
それも考えなければならない。
これは次世代のための行動だ。
自分だけのものではない。
子どもたちが、孫たちが、
この地球で生きていくための責任が、今を生きるぼくたちにある。
一度立ち止まって、足元を感じてほしい。
いま両足が踏みしめているこの土地。
目に見えない神様への感謝。
そしてそこに落ちている一つのゴミ。
そこから始まる、人間にしかできない生き方がある。
AIと共存共栄しながら、人間臭く生きていく
AIと敵対するのではない。
AIに任せるものは任せる。
そして人間にしかできないことを、丁寧にやっていく。
氏神様に手を合わせること。
ゴミを拾うこと。
SNSで仲間とつながること。
笑いヨガで誰かと笑い合うこと。
どれも数字にはならない。
効率的でもない。
でもこれが、人間が人間らしく生きるということだと思う。
AIが普及すればするほど、こういう
「人間臭い行動」の価値は上がっていく。
ぼくはそう信じている。
だから明日も、氏神様に手を合わせて、ゴミを拾いに行く。
毎日ゴミ拾い動画をYouTubeで配信しています。
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まとめ|AIの時代だからこそ、足で歩いてゴミを拾う
今回お伝えしたかったことをまとめます。
- SNSでゴミ拾い仲間の存在に気づき、一人じゃないと感じた
- AIの時代だからこそ、人間にしかできないことに価値がある
- 昭和世代が作ってくれたこの世界への感謝を忘れない
- 氏神様に手を合わせ、帰り道にゴミを拾う。それだけでいい
- ゴミを出さない意識で、次世代のための地球を守る
- AIと共存共栄しながら、人間臭く生きていく
1531日目も、朝、歩いて拾いました。


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