前回のブログで「幸せのハードルを下げていい」と書いた。
今日は、そのことを身をもって体験した話を書きたいと思う。
1995年、ニュージーランドでの出来事だ。
1995年5月、ニュージーランドへ

1995年5月12日、私はニュージーランドに渡った。
26歳のことだ。
ホームステイから始まり、
英語学校、
ファームステイ、
一人旅——毎日が新しい発見の連続だった。
言葉も文化も食べ物も、何もかもが違う。
でもそれが面白かった。
充実した日々だった。
出発前、自分にひとつルールを決めた。
郷に入れば郷に従え。
ニュージーランドにいる間は、
すべてニュージーランドの食べ物を食べよう。
日本食には頼らない。
そう決めた。
ラムもベジマイトも、文句を言わずに食べた
ホームステイ先の食卓には、毎日ジャガイモが出た。
ラムやマトンの肉は独特の臭みがある。
正直、最初はきつかった。
でも文句は言わなかった。
ここの食べ物だから、
食べる。それだけだ。
朝食には必ず食パンが出た。
そしてそこに添えられるのが「ベジマイト」だ。
ベジマイトとは、酵母エキスから作られた真っ黒なペーストだ。
「世界一まずいジャム」と言われることもある。
塩辛くて独特の風味がある。
最初は衝撃だった。
でもしぶしぶ食べ続けた。
ここにいるなら、これが当たり前だと思って。
7か月間、日本食をほとんど口にしなかった。
胃も腸もびっくりしたと思う。
おならの臭いまで変わってしまったくらいだ。
それだけ、からだごとニュージーランドに染まろうとしていた。
日本人夫婦の家に招待された日

12月の中旬、以前同じ英語学校に通っていたOさんが、
日本人夫婦と仲良くなった。
その奥さんが「よかったら家に来ませんか」と招待してくれた。
家に着くと、食卓に並んでいたのは——
白米とみそ汁だった。
具はワカメと豆腐。
梅干し、漬物も添えてある。
胸が熱くなった。
ニュージーランドでは日本食は高い。
日本の3倍近くする。
それを知っていたから、
Oさんと二人で
「本当にありがとうございます」と言いながら、有難くいただいた。
白米をひと口食べた。みそ汁を飲んだ。
梅干しをご飯に乗せた。
じんわりと、温かいものが広がった。
「ごはんですよ」が出てきた瞬間

そのとき、旦那さんが「あ、これもあるよ!」
と言いながら持ってきてくれたものがあった。
「ごはんですよ」だった。
海苔を使った甘さととろみのある食感。
あの独特の風味。
日本人なら誰でも一度は食べたことがある、あの佃煮だ。
迷わず、ご飯の上に乗せた。
ひと口、食べた。
口の中に広がった瞬間——脳に何かが伝わった。
なぜか、涙が出そうになった。
懐かしい。
こんなに美味しかったのか。
いや、美味しいとか懐かしいとか、
そういう言葉では追いつかない何かだった。
気づいたら、口から言葉が出ていた。
「幸せだなぁ」
日本から9800キロ離れた場所で気づいたこと

ここはニュージーランドだ。
日本から9800キロ離れた場所だ。
「ごはんですよ」は、日本では当たり前の食べ物だ。
スーパーに行けばどこでも売っている。
値段も安い。
特別なものでも何でもない。
でもここで食べると、
涙が出そうになるほど幸せだった。
7か月間、日本食を我慢してニュージーランドの食べ物を食べ続けた。
その分だけ、たった一口の「ごはんですよ」が、
信じられないほどの幸せになった。
これが幸せというものか。
日本にいたら気づかなかった。
当たり前すぎて、見えなかった。
幸せって、こんなもんだ

前回のブログで「幸せのハードルを下げていい」と書いた。
この「ごはんですよ」の話は、まさにそれだ。
幸せは遠くにあるのではない。
当たり前の中にある。
ただ気づいていないだけだ。
息が吸える。
歩ける。
今日ご飯が食べられる。
温かい布団で眠れる。
それだけで、十分すごいことだ。
この体験はもうひとつ大切なことを教えてくれた。
改めて日本が好きになった。
日本人であることが誇らしくなった。
日本の食文化、日本の味、日本のあたりまえ——
それがどれほど素晴らしいものか、9800キロ離れた場所で初めてわかった。
まとめ|「ごはんですよ」が教えてくれた幸せの正体
今日お伝えしたことをまとめる。
- 幸せのハードルは下げていい
- 当たり前の中に、幸せはすでにある
- 失って初めて気づくことがある
- 日本から9800キロ離れた場所で、「ごはんですよ」一口が涙が出るほどの幸せになった
- 幸せって、こんなもんだ
今日、ご飯を食べるとき、一口目に「幸せだなぁ」と言ってみてください。
照れくさくていい。
小さな声でいい。
それだけで、
当たり前の幸せが見えてくるかもしれません。


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