「笑いたい」が最後の言葉になった日|39歳で逝ったBさんが教えてくれた笑いヨガの本質【実話】

人生再起・生き方

「笑いたい」が最後の言葉になった日——39歳で逝ったBさんが教えてくれた笑いヨガの本質

11年前のことを、今も忘れられない。

一本の電話がかかってきた。

「笑いたいんです。とにかく大笑いしたい。講座があれば一緒に連れていってください」

その声が、Bさんの最後の言葉になった。

数日後、39歳という若さでこの世を去ったことを知った。

脳の病気だった。

あの電話に、もっと違う答えを返せていたら——

11年経った今も、その問いが消えない。

出会いは、家族の笑顔だった

Bさんと出会ったのは15年前のことだ。

浜松市西部の清掃工事でラフターヨガをさせていただいた時、家族で来てくれた。

小さなお子さんが2人。

旦那さんであるBさんと子どもたちは大笑いしてくれた。

奥さんはあまり笑おうとせず、

どこか寂しそうな表情だったのを覚えている。

その時は、それだけの出会いだった。

数年後、Bさんが離婚したと聞いた。

子どもたちと離れてしまったBさんは、相当落ち込んでいた。

それでも笑うことを続けて、老人施設でラフターヨガを紹介してくれたり、

一緒に英語を勉強したりして、少しずつ元気を取り戻していった。

どんどん仲良くなっていった。

笑いが、人を立て直す力を持っていることを、

Bさんを通じて改めて感じていた。

病院の外で、一緒に大笑いした日

そんなある日、突然脳の病気になった。

浜松市の病院に入院されたと聞いてお見舞いに行った。

病院の外で、二人で大笑いした。

あの日のBさんの笑顔が今でも浮かぶ。

病気になっても、笑える人だった。

退院後、Bさんから電話がかかってきた。

笑いたいんです。とにかく大笑いしたい。講座があれば一緒に連れていってください」

その時の私は、ラフターヨガリーダーを150名以上養成していた。

テレビやラジオにも出るようになっていた。

でも私は、こう答えた。

「まだ資格も取得していないし、療養中だから」と、お断りした。

それが最後の電話になった。

数日後、Bさんが39歳で亡くなったことを知った。

翌日、ラフターヨガ講座があった。

電話の翌日、ラフターヨガの講座があった。

参加者たちが笑っている。

その笑い声を聞きながら、私は思い続けていた。

Bさんをここに連れてきていれば——

一緒に大笑いできていれば——と思った。

振り返ると、あの頃の私は変わっていたと思う。

テレビやラジオに出るようになり、

資格者を150名以上養成して、いつの間にか「基準」を作っていた。

資格があるか、療養中かどうか。

そういう「条件」で人を見るようになっていた。

「共に笑う」という、笑いヨガの一番大切なことを、忘れていた。

Bさんの「笑いたい」という言葉は、条件なんか関係なかった。

ただ笑いたかっただけだ。

その声に、私は応えられなかった。

Bさんの「笑いたい」が、今も私を動かしている

あれから私は変わった。

資格がなくても、療養中でも、

「笑いたい」と思う人は全員受け入れる。

見学したい人、老人施設でのラフターヨガを見てみたい人、

どんな立場の人でも一緒に笑う場に招く。

心の壁を、一つずつ外していくと決めた。

先日のデイサービスでのラフターヨガには、

心理学の先生と70歳を超えた生徒さんが来てくださった。

お二人とも資格はない。

でも利用者さんと一緒に、心から大笑いしてくださった。

その笑い声を聞きながら、Bさんのことを思った。

あなたもきっと、こんなふうに笑いたかったんだね、と。

笑いヨガは、資格や条件のためにあるのではない。

「笑いたい」というその一言のために、ある。

Bさん、ごめんなさい。

そして、ありがとう。

あなたの「笑いたい」が、今も私を動かし続けています。

これからも、心の壁を一つずつ外しながら、共に笑い続けます。

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