noteを読んでくださって、ありがとうございます。
前回の記事で書いた、石巻市のおばあさんの話の続きです。
「手を握るだけで救われる」と言ってくれた、あのおばあさんには、まだ誰にも話していなかった続きがありました。15年間、ずっと心の中に残っていた話を、今日初めて書きます。
「私が変わってあげたかった」

おばあさんは、津波でお孫さんと
その母親、つまり娘さんを失っていました。
目の前で、二人が流されていきました。
助けようとしました。
飛び込もうとしました。
でも勇気が出なかった。
泣き叫んでも、呼んでも、戻るわけではない。
ただ呆然と立ち尽くすしかありませんでした。
おばあさんは静かにこう言いました。
「私が変わってあげたかった」
この言葉を聞いた瞬間、
私は何も言えなくなりました。
笑いヨガの講師として、17年間人前に立ってきました。
言葉を届けることを仕事にしてきました。
でもこの瞬間だけは、どんな言葉も出てきませんでした。
出てくるはずがありませんでした。
「元気を出して」が言えない時がある
皆さんだったら、どうしますか。
一瞬にして家族を二人失った方の前で、何を言えますか。
「元気を出して」と言えますか。
「前を向いて」と言えますか。
「笑いましょう」と言えますか。
私には言えませんでした。
笑いヨガの講師が「明るい心で行きましょう」と言う。
「呼吸を整えましょう」と言う。
そんな言葉が、どれほど空虚に響くか。
その場にいれば、誰でもわかります。
言葉では届かない場所がある。
どんなに正しい言葉も、
どんなに温かい言葉も、
届かないことがある。
その現実を、おばあさんは静かに教えてくれました。
言葉のいらない寄り添い方

私はただ、背中に手を当てました。
何も言わずに、手を握りました。
それだけでした。
それしかできませんでした。
でもおばあさんは、少しだけ表情が和らぎました。
生きているから、温かい。
その温度だけが、言葉のいらないメッセージでした。
「あなたのそばにいます」
「あなたは一人じゃない」
その無言の言葉が、背中から伝わっていけばいいと思いました。
近くにいるだけでいい。
見守るだけでいい。
ただそこにいるだけでいい。
孤独で苦しんでいる人に必要なのは、
時として言葉ではなく、
体温と存在なのだと、あの日気づきました。
あれから15年、この経験が私の原点になった
あの日から15年が経ちます。
笑いヨガを続けてきた17年間の中で、
石巻で過ごしたあの数時間は、今も私の中で生き続けています。
おばあさんはその後、どうしているでしょうか。
元気でいるでしょうか。
誰かそばにいてくれる人はいるでしょうか。
孤独死が年間7万6000人を超えるこの時代、
あのおばあさんのような方が今もどこかにいます。
家族を失い、一人で部屋にいて、
誰にも気づかれないまま逝ってしまう方が。
だから私は、続けます。
笑いが届く場所を作ること。
孤独な人に手を差し伸べること。
言葉ではなく体温で寄り添うこと。
それが、あのおばあさんが私に託してくれたことだと思っています。
笑いヨガにできること、できないこと
正直に言います。
笑いヨガは万能ではありません。
深い悲しみを一瞬で消すことはできません。
失った家族を取り戻すこともできません。
でも、こういうことはできます。
・孤独な人が「ここに来ていい」と思える
場所を作ること
・笑いを通じて、人と人がつながること
・「あなたのそばにいる」という
温度を届けること
・後を追ってしまいそうな人が
もう少しだけ生きようと思えること
小さな力です。でも確かな力です。
15年前のおばあさんとの時間が、私にそう教えてくれました。
まとめ
「私が変わってあげたかった」
この言葉を、私は一生忘れません。
言葉では届かない場所がある。
そこに必要なのは、ただそこにいること。
背中に手を当てること。
手を握ること。
それだけです。
孤独で苦しんでいる人に、
笑いヨガで手を差し伸べていく。
大きなことはできなくても、
微力でも、少しずつ続けていく。
それが私の、これからの17年です。


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