あなたのセルフイメージは、いつ決まりましたか。
大人になってから? いいえ、おそらくもっと前。
気づかないうちに、子どものころの体験が
「自分とはこういう人間だ」という設定を作っていた。
私の場合、それは8歳の相撲大会だった。
気が進まなかった相撲大会

近所のお祭りで相撲大会があった。
お姉さんと一緒に見に行ったとき、「出たい人!」と声がかかった。
気が進まなかった。
でもお姉さんが「手を上げろ!」と言った。
しぶしぶ手を上げた。
1回戦。背の高い相手を投げて勝った。
2回戦。同じくらいの体格の相手にも余裕で勝った。
勝てていた。続けられた。
でも私の頭の中に、おかしな考えが浮かんだ。
「このまま勝ってしまったら、相手に悪い」
今思えば、意味がわからない。
でも8歳の私は、本気でそう思っていた。
わざと負けた瞬間、砂を握りしめた

3回戦。余裕で勝てる相手だった。
「わざと負けてもいいかな」
そう思った瞬間——体が止まった。
そして投げられていた。
砂を握りしめた。「ちくしょー!」
でもその叫びは、相手に向けたものじゃなかった。
わざと負けた自分への、「ちくしょー」だった。
景品もほしかった。勝ちたかった。
でも「相手に悪い」「目立ちたくない」という気持ちが、
勝ちへの意志を消してしまった。
その日から39年間、「負けていい自分」が続いた

あの相撲の日から、私の中に一つのラベルが貼られた。
「私はこういう人間だから」
遠慮する。
人目を気にする。
人と比べる。
おどおどする。
おべっかを使う。
強く出られない。
勝ちにこだわれない。
気づけば39年間、そのラベルを剥がせないまま生きてきた。
笑いヨガ講師になっても、
自分を守ってほしいという気持ちが消えなかった。
本当はもっとできるのに、
「私はこういう人間だから」と諦める癖がついていた。
セルフイメージとは、
こうして幼いころに刻まれるものだと、今になって深く感じている。
あの日の8歳の自分に、語りかけてみた

最近、瞑想の中であの日の自分と向き合った。
砂を握りしめて、
「ちくしょー」と叫んでいる8歳の自分。
私はその子に近づいて、こう言った。
「大丈夫。お前はこれから勝ち続ける人生になる。
あのときわざと負けたのは、
優しさだったのかもしれない。
でももうそんな必要はない。これから一緒に生きていこう」
泣けた。
39年間、ずっとそう言ってほしかったのかもしれない。
インナーチャイルドを癒すとは、こういうことだと思った。
過去を消すんじゃない。
あの日の自分を、今の自分が迎えに行くことだ。
セルフイメージは書き直せる

すぐには変われない。それが人間だ。
気づいた翌日も、また弱い自分が出てくる。
遠慮する。
おどおどする。それでいい。
人間は複雑だから、「これをやれば大丈夫」という魔法はない。
でも、気づいていることと、気づいていないことは全然違う。
一つだけ試してほしいことがある。
鏡の前に立って、「私はこういう人間です」と言ってみてほしい。
違和感があるなら、それはまだ本当の自分じゃないのかもしれない。
セルフイメージは、幼いころに刻まれる。
でも気づいたとき、書き直せる。
57歳の私が、今もそれをやり続けている。
あなたも、今日から始められる。


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