誰かの役に立ちたい。
でも、自分なんかに何ができるんだろう——。
そう思ったことはありませんか。 私には何度もありました。
吃音を抱え、うまく話せない自分が、
笑いヨガで人の役に立てるのか。
その答えを、
80歳を超えたおばあさんが教えてくれた日のことを、
今日は話させてください。
2年間、同じ場所に通い続けた

そのデイサービスに通い始めて、2年が経っていた。
毎回30名ほどの利用者さんと、30分間の笑いヨガをする。
最初は「笑いヨガって何?」という顔をしていた方も、
回を重ねるうちに顔がほぐれ、声が出るようになっていった。
でも正直、2年も経つと迷いが生まれることもあった。
「これで本当に意味があるのか」
「毎回同じことをして、飽きられていないか」
「もっと上手な講師なら、もっと喜ばれるんじゃないか」
そんな気持ちを抱えながら、それでも通い続けた。
続けることに意味があると信じて。
「やった!やった!いえ~い!」という魔法の掛け声

笑いヨガのセッションの中に、私が大切にしている掛け声がある。
「やった!やった!いえ~い!」
声に出しながら、両手を思い切り上に挙げる。
子ども心に戻る、魔法の言葉だ。
大人になると、「やった!」と無邪気に叫ぶ機会がなくなる。
でもこの掛け声を言う瞬間、
80歳のおじいちゃんもおばあちゃんも、みんな顔が変わる。
目が輝く。
声が大きくなる。
体が前のめりになる。
笑いとは、年齢も体の状態も関係なく、
人間の奥深くにある何かを引き出すものだと、
この掛け声を使うたびに感じていた。
帰り際に、声をかけられた

その日も30分のセッションが終わり、
私は帰り支度を始めていた。
すると、一人の女性が近づいてきた。
80歳を超えているだろうか。
小柄で、いつも静かに参加している方だった。
「先生、ちょっといいですか」
その声に振り向くと、その方はにこにこしながらこう言った。
「笑いヨガをやる前はね、
両手が上がらなくて、
いつも痛かったんですよ。でも最近ね、
やった!やった!いえ~い!って一緒にやると、
自然に両腕が上がるようになってきたんです。
痛みもなくなってきて。すごいね、ありがとう。」
私は一瞬、言葉が出なかった。
吃音のせいじゃない。
胸がいっぱいで、何も言えなかった。
「たった一人でも」が、2年間を全部肯定してくれた

「すごいね、ありがとう。」
その言葉が、ずっと胸に残っている。
30人いる中の、たった一人。
でも、その一人の変化が、私の2年間を全部肯定してくれた気がした。
迷っていた日も、
「意味があるのか」と思った夜も、
それでも通い続けた日々が、この一言に凝縮されていた。
誰かの役に立つって、大きなことじゃなくていい。
有名でなくていい。
たくさんの人でなくていい。
たった一人の、「両腕が上がるようになった」という小さな変化でいい。
その気づきは、
自分が何もできていないと感じて落ち込んでいたとき、
何度も私を救ってくれた。
役に立てているか」より「続けているか」が大事だった

あのおばあさんの両腕が上がるようになったのは、
私が何か特別なことをしたからじゃない。
「やった!やった!いえ~い!」を、
2年間一緒にやり続けたからだ。
続けることが、変化を生んだ。
誰かの役に立ちたいのに何もできない気がする——
そう感じている人に、伝えたいことがある。
今すぐ大きな結果を出さなくていい。
誰かに感謝されなくてもいい。
ただ、目の前の人と一緒に「やった!いえ~い!」と笑い続ける。
その積み重ねが、いつか誰かの腕を上げる。
57歳になった今も、私はそう信じている。
あなたの小さな行動は、必ず誰かに届いている。
届いていないように見えるのは、
まだ2年経っていないだけかもしれない。


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