笑えなくなった笑いヨガ講師が気づいた「本物の笑い方」|喉が壊れた日から始まった再出発

人生再起・生き方

笑いヨガ講師が、笑えなくなった。
それも、活動を始めてたった3か月後のことだった。
喉がズキズキする。

笑おうとすると痛い。

呼吸が続かない。「もう終わりかもしれない」と思った。

でもその絶望の中で、私は人生で一番大切な「気づき」を手に入れた。

それは、笑い方の話だけじゃない。

頑張れなくなったとき、どう自分を立て直すか——その答えが、お腹の中にあった。

静岡県初の笑いヨガ講師として、使命感に燃えていた

2009年2月。

私は笑いヨガ講師として、本格的な活動をスタートさせた。

当時、静岡県ではまだ笑いヨガを知っている人がほとんどいなかった。

だからこそ燃えていた。
「この笑いを、静岡に広げなければ」という、妙に真剣な使命感があった。

吃音への恐怖も抱えながら、それでも人前に立ち続けた。ボランティアで公民館を回り、

デイサービスに出向き、「笑いとは何か」を伝え続けた。

あのころの自分は、今思えば無我夢中だった。

不安も恐怖も、全部「使命感」という燃料で押し込んで、走り続けていた。

3か月後、突然「喉」が壊れた

活動開始から3か月が経ったある日。

笑おうとしたら、喉がズキズキした。

最初は「風邪かな」と思った。

でも風邪の症状はない。

ただ、笑うと痛い。

呼吸が続かない。

いつものように「ハハハ」と声を出せない。

笑いヨガ講師なのに、笑えない。

その事実が、じわじわと私を追い詰めた。

ボランティアで次の予定も入っている。

参加者が待っている。
「やめようか」という気持ちが、何度も頭をよぎった。

頑張れない。動けない。でも止まれない。
あのとき感じた「みじめさ」は、今でも体が覚えている。

「笑い方」に問題があると気づいた瞬間

やめる前に、一度だけ考えてみようと思った。

「なぜ喉が痛くなったのか」

笑いヨガを始める前は、喉が痛くなることなんてなかった。

ということは、笑いヨガの「笑い方」に何か問題があるはずだ。

試しに、喉に手をあてて笑ってみた。

喉が動く。
力が入る。
笑うたびに、喉が収縮するのがわかる。

次に、お腹に手をあてて笑ってみた。

お腹が動く。
喉は楽だ。
呼吸が自然に続く。
その瞬間、全てが腑に落ちた。

私は3か月間、ずっと「喉で笑っていた」。

お腹を使わず、喉だけで声を出して笑い続けた結果が、あの痛みだった。

原因はシンプルだった。でもそれに気づくまでに、3か月かかった。

「なんで気づかなかったんだろう」ではなく

「気づけてよかった」と思った 。

頑張れなくなったとき、立ち止まって「なぜ」を考えることで、
答えが見えてくる。

あの喉の痛みが、そのことを教えてくれた。

毎朝毎晩、お腹に手をあてて笑う練習を始めた

気づいたその日から、練習を変えた。

夜寝る前と、朝起きたら、まずお腹に手をあてる。

そして「ハハハ」と声を出しながら、吐いて笑う。

最初はぎこちなかった。喉で笑う癖が抜けない。

でも続けるうちに、体全体がほぐれていく感覚がわかってきた。

肩の力が抜ける。
呼吸が深くなる。
体が温かくなる。

「笑いってこういうことだったのか」と、

講師になって初めて、腹の底からわかった気がした。

教室でも変わった。

「お腹に手をあてて、一緒に笑いましょう」

その言葉は、参加者のためだけじゃなかった。

自分の意識をお腹に向けるための、自分への合図だった。

やがて喉の痛みは消えた。

それだけじゃなく、笑いの質が変わった。

声に深みが出た。呼吸が続くようになった。

参加者から「先生の笑い声って、なんか元気もらえますよね」
と言われるようになったのも、あのころからだと思う。

頑張れなくなったとき、答えは「外」じゃなく「内」にある

喉の痛みという「限界のサイン」がなければ、
私は間違った笑い方を続けていたと思う。

頑張れなくなることは、失敗じゃない。

体と心が「そのやり方じゃないよ」と
教えてくれているサインだ。

立ち止まって、「なぜ」を問う。

答えはいつも、自分の内側にある。

お腹に手をあてて笑ったとき、私はそのことを体で知った。

あなたが今、頑張れないと感じているなら。

一度だけ、立ち止まってみてほしい。

「なぜ動けないのか」じゃなく、

「体は今、何を感じているか」を。

お腹に手をあてて、深く息を吐く。

それだけで、何かが変わるかもしれない。

静岡県初の笑いヨガ講師として、

喉を壊しながらも気づいたこと。

それは、本物の笑いは「頑張って出すもの」じゃなく、

「体から自然に湧き出るもの」だということだった。

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