「許した、のに苦しい」——瞑想12日目、脳が牙を剥いた日

自己成長・自分を変える

「許した。もう大丈夫。勝つ人生へ——」

インナーチャイルドに語りかけた翌日、

私は一人でため息をついていた。

瞑想9日目に8歳の自分と向き合い、

寄り添えた気がしていた。なのに3日後の12日目、

何かが音を立てて崩れた。これは失敗なのか。

それとも、本当の変化の入り口なのか。

「待て待て待て」——脳が発したブレーキの正体

インナーチャイルドから3日後の瞑想中、突然ブレーキがかかった。

「たった一回の瞑想で、30年以上の負けの人生が変わってたまるか」

声にはならない、でも確かに聞こえた言葉。

心の奥から湧いてきたその感覚は、

インナーチャイルドへの語りかけをあざ笑うようだった。

優しく語りかけたはずの自分が、

今度は別の自分に引き戻されていく。

この感覚、経験したことがある人も多いのではないだろうか。

30年以上前の相手が、突然よみがえった

ため息をついた理由がもう一つある。

8歳のあの相撲大会。

わざと負けた相手の顔が、突然浮かんできた。

「あいつはあの後、勝ち続けたんじゃないか」

「金も名誉も地位も手に入れたんじゃないか」

「なのに俺は——」

止まらなかった。

なんでもっと力を出さなかったのか。

絶対勝てたのに。

30年以上前のことを、今さら一人で抱えて苦しんでいた。

しかし、冷静になってみると気づく。

あの相手が本当に成功しているかどうか、わからない。

全部、勝手な想像だ。

脳が作り上げたストーリーにすぎない。

脳の仕組み——現状維持バイアスとは何か

心理学に「現状維持バイアス」という言葉がある。

人間の脳は、変化を恐れる。

たとえ今の状況が苦しくても、

「知っている場所」に留まろうとする本能がある。

変化は脅威だと感知するからだ。

だから脳はこう囁く。

「変わるな」

「そのままでいろ」

「どうせ無理だ」

「お前には無理だ」

これは意地悪ではない。

脳なりの「生存戦略」だ。

しかし問題は、その現状が鬱であっても、

孤独であっても、同じようにブレーキをかけてくることだ。

今まで私がどれだけ「変わろう」としても、

どこかで諦めてきたのは、この脳の仕組みが無意識に働いていたからかもしれない。

気づいていなかった。

ずっと、ずっと。

やっつけるか、認めるか——私が選んだ道

脳と向き合うとき、二つの選択肢がある。

ひとつは、戦うこと。

「そんな考えは間違いだ」と否定し、

ポジティブで上書きしようとすること。

もうひとつは、認めること。

「そうか、脳がブレーキをかけているんだな」とただ観察すること。

私は認める道を選んだ。

敵視しない。

責めない。

「また来たか」と、ただ見る。

呼吸を整える。

気づいた自分を褒める。

それだけでいい。

瞑想とはそういうものかもしれない。

劇的に変わる魔法ではなく、

少しずつ気づきを積み重ねていく、

地味で長い旅。

もしかしたら死んだ後も持ち越すかもしれない。

それでも続ける。

8歳の自分に、約束したから

最後にこれだけ言いたい。

もうこれ以上、負けたくない。

8歳の相撲大会でわざと負けた自分。

砂を握りしめて泣いたあの子。

その子に、今の私は約束した。

「今度は、逃げない」と。

瞑想は12日目が過ぎた。

まだまだ続く。苦しい日も、ため息の日も、全部記録していく。

なぜなら、このリアルな苦しみが、

誰かの「自分だけじゃない」

という安心につながると信じているから。

まとめ

  • 脳は変化を恐れ、現状維持バイアスをかけてくる
  • 過去の記憶を都合よくマイナスに塗り替えるのも脳の仕組み
  • 戦うより「認める」ことが、長期的な変化への近道
  • 気づいただけで、今日はOK
  • 瞑想は魔法ではなく、長い旅である

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