人生には、説明のつかない瞬間がある。
偶然にしては、できすぎている。
でも、奇跡と呼ぶには、あまりにも静かで、温かい。
あれは、チラシを配っていたある朝のことだった。
声をかけてきたその人が、まさか理事長だとは思っていなかった。
自転車で200枚、チラシを配り続けた日々

笑いヨガ講師になったばかりのころ、
私には集客の方法がわからなかった。
SNSも、ホームページも、
まだ今ほど使いこなせていない時代。
だから毎日自転車に乗り、
1日200枚のチラシをポスティングして回った。
来月開催する「笑いと米ぬか健康法」のイベントの告知だった。
雨の日も、暑い日も、
反応があるかどうかわからないまま、ただ配り続けた。
そのある日、一軒の家にチラシを投函しようとしたとき、
中から男性が出てきた。
「何をやっているんだ?」
少し緊張した。でも正直に答えた。
「怪しいものではありません。
来月、笑いと米ぬか健康法のイベントをやります。
そのチラシを配っていたところです」
その男性は一瞬止まって、それからふっと笑った。
「面白そうだな。うちのすぐ後ろにデイサービスがある。
来ていいよ、いつでも」
後から知ることになるのだが、
その男性こそが、そのデイサービスの理事長だった。
翌日、デイサービスの扉を開けた

理事長に「来ていいよ」と言われた翌日、
私はそのデイサービスを訪ねた。
「笑いヨガ講師の有川です。
昨日、理事長にお声がけいただきまして」
そう挨拶すると、職員の方たちが顔を見合わせた。
何か、おかしな空気があった。
「実は……1週間前に、不思議なことがあったんです」
職員の方がそう言って、
話してくれた内容に、私は言葉を失った
1週間前に現れた、謎の男性

私がそのデイサービスを訪れる1週間前、
見知らぬ60代くらいの男性が突然やってきたという。
その男性はこう言った。
「おい!ここで笑いヨガをやっているって本当か?」
職員の方は困惑した。
笑いヨガなんて聞いたことがない。
予定もない。
そもそも、当時の静岡県で笑いヨガ講師といえば、
私がほぼ唯一の存在だった。
他の施設でやっていたとしても、まだ誰にも知られていない存在だった。
なぜその男性は、まだ何も決まっていないこの場所で
「笑いヨガ」という言葉を知っていたのか。
職員の誰も、その男性のことを知らなかった。
会ったこともない。
連絡先もわからない。
その男性は、それきり二度と現れなかった。
これは、笑いの神様の導きだと思った

私はその話を聞いて、鳥肌が立った。
これは偶然じゃない。
目に見えない笑いの神様が、私をここへ導くために、
使者を先に送り込んでいたのだ。
チラシを配っていなければ、理事長に会えなかった。
理事長に会えなければ、
このデイサービスに来ることはなかった。
そして1週間前の謎の男性がいなければ、
この話はただの偶然で終わっていたかもしれない。
でも、全部つながっていた。
笑いの神様は、動いている人のところへやってくる。
自転車をこぎ続けていた私を、あの場所へと連れて行ってくれた。
それから7年半、週2回通い続けた

その日から、私はそのデイサービスに通い続けた。
週2回、7年半。
30名ほどの利用者さんと笑い、
「やった!やった!いえ~い!」を一緒に叫んだ。
社員研修でも笑いヨガをさせていただき、
グループ会社への出張講座にもつながった。
そして、80歳を超えたおばあさんの両腕が
自然に上がるようになった瞬間にも、立ち会えた。
あの朝、チラシを1枚投函したから、すべてが始まった。
人生は、動いているときにしか、出会えないものがある。
笑いの神様は、
立ち止まっている人のところには
来ないのかもしれない。
57歳になった今も、私はあの朝の自転車を忘れない。


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